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zoom RSS 東都大学野球:各校ユニフォームの変遷

<<   作成日時 : 2017/04/29 20:24   >>

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*本稿は主に東洋大のユニフォームの変遷を紹介して2009年1月にUP致しましたが、その後東洋大の袖のマークの変更や、2017年は亜大の創部60周年記念“期間限定宇宙ユニ”などが話題にもなっておりますので、加筆して“東都大学野球:各校ユニフォームの変遷”に改題致しました。

@東洋大
戦前
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胸のロゴは“YODAI”。

戦後(時期は不明)
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撮影時期は分かりませんか、手作り感のある筆記体の“TOYO”のロゴは昭和20年代から30年代前半と思われます。


昭和40年代前半(ホーム用)
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昭和40年代前半(ビジター用)
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白黒写真なのでわかりにくいのですが、かつて東都大学野球ではホームとビジターの二種類のユニフォームを使い分けておりました。

・・・・昭和51年を迎えた。真夏が過ぎてカレンダーは9月。
この年から東都大学野球連盟は、それまでのホームとビジターのユニフォームの使い分けを廃止。それを機に東洋大は、ホームゲームの際に使用していた白地のユニフォームを着用することに決めた。グレーだったビジター用は勝運がないと思ったからだ。その上、濃紺一色のストッキングに白いラインを入れた。監督高橋は、縁起を担いだのだ。
「タカハシ主義―“戦国東都”を愛してしまった男」(『野球小僧』’04年10月号所収)より


現在のユニフォームになったのは初優勝した昭和51年からのようです。
(中央大学は昭和の終わりごろまで白のホーム用と上着が紺のビジター用を使っていたように記憶しています。当時はその理由が分かりませんでしたが、以前からの伝統を守っていたようですね。)

昭和51年(山村力人投手と畠山和彦一塁手)
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昭和51年(松沼雅之投手)
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この頃は帽子の空気孔?に白い縁取りがあります。



昭和57年(仁村徹投手)
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左袖のマークは“校章”
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校章の縁取りは“八咫の鏡”をデザインしたもの。
校章の由来ははっきりとは分かりませんが、明治期の哲学館時代の制帽にも“八咫の鏡”が取り入れられており、その理由を
「蓋し三種ノ神器ハ古來之ヲ仁智勇ノ三徳ニ配シ來リ。鏡ノ明瞭ニシテヨク萬象ヲ照スノ徳アルハ之ヲ智ニ配セリ。今本館ハ哲學即智學ヲ研究スル處ナレバ此制帽ヲ用フルノ道理アルヲ知ルベシ。」
(『東洋大学百年史図録』所収「館外員制帽」の記事より)
としており、校章に用いられたのも同じ理由と思われるます。


平成20年(上野大樹投手)
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左袖のマークが1994年に制定された“コミニケーションマーク”に変わっています。
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平成27年(原樹理投手)
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左袖のマークは平成24年に一旦校章に戻されました。これは、創立125周年を機にコミュニケーションマークを改めることになったからで、翌年には新たに定められた“ブランドマーク”が付けられました。
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東洋大学は、2012年11月に創立125周年を迎えました。これを機に、創立以来の「東洋大学のDNA」を守りながら、次の150周年に向け、地球社会の未来に貢献する大学の確立を求め、新たな歴史を創出することを誓い、その思いを込めた新たなブランドマークを制定しました。

東洋大学の新しいブランドマークは、「人」と「地球」をモチーフとして、学生がダイナミックに、そしてグローバルに世界に向かって羽ばたく姿を象徴しています。また、「哲学」を基盤として「国際化」「キャリア教育」による「グローバル人財」の育成や、高い志を持って上昇し、飛躍していく喜びと未来への期待感を表現しています。
東洋大学HPより

…なんだか良く解りませんが、とにかくそういう事だそうです…。




〜他校のユニフォーム〜

@亜細亜大
@昭和50年代
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A平成28年
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基本は変わらず、変わったのは袖にマークが入った点くらい。昭和62年に制定されたシンボルマークだそうです。

B平成29年(創部60周年記念ユニフォーム)
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2017年だけの“期間限定”だそうですが、対戦相手からすれば従来の亜大のイメージを払拭できて、かえって戦いやすいのではないでしょうか…。


亜細亜大のストッキング
昭和60年代
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平成20年代
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A中央大
@昭和50年代=1
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A昭和50年代=2
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東洋大の項でも触れましたが、中央大はかつては紺のユニフォームも着用していました。

A平成20年代
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基本は変わっていませんが、袖と横のラインが細くなっています。また、左袖には校章が付きました。

中央大ストッキング
昭和60年代
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平成20年代
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B駒澤大
昭和50年代
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平成5年
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平成27年
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こちらも基本は昭和50年代から変わっていませんが、左袖にマークが描かれるようになりました。大学の校章やシンボルマークなどではなく“法輪”ですね。
仏旗・法輪・三帰依文について(公益財団法人 全日本仏教会HP)

駒澤大ストッキング
昭和60年代
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平成20年
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C青学大
昭和50年代
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昭和50年代のロゴ
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帽子のマークはミッションスクールでよく使われる白百合の花でした。

平成初期〜
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青学大は近藤監督から河原井監督に変わった頃にユニフォームも大分変わったように記憶しております。

平成28年(二部用)
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青学大は二部落ちた時は、別仕様のユニフォームを着用しています。正規のユニフォームを着たければ早く昇格しろ、とハッパをかける意味もあるようです。


青学大ストッキング
昭和50年代
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平成20年
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D専修大
昭和50年代
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昭和末期
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ごく短い期間でしたが緑から紺になっていた時期がありました。

平成29年@ホーム用
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平成29年Aビジター用
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専修大は一部に復帰した平成27年から“オークランド・アスレチックス風”にガラッと変え、ホーム・ビジターの二色を使い分けております。
ユニフォームを変えて、即優勝したのは記憶に新しいところです。

専修大ストッキング
昭和50年代
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平成29年
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E日本大
平成初期
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胸のロゴは黒でした。



平成10年ごろ
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ロゴがピンクになり、帽子の前面が白に。


平成28年
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帽子が再び黒一色になり、袖のマークが桜をあしらった校章からロゴマークに変わっています。
(ストッキングは見ての通りなので省略致します。ちょっと疲れてきました…。)


F立正大
平成6年
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平成7年
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立正大は平成6年の一部初昇格の時は縦じまは入っておらず、ロゴも筆記体ではありませんでした。
平成7年に再度昇格したときは縦じまでロゴは初昇格時のまま。

平成28年
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以上、手元に資料のある学校のみですが、ユニフォームの変遷を追ってみました。

なお、今季は國学院大も上着の前立て部分(所謂ラケットライン)とズボンのサイドに紺の線を入れ、ストッキングの横線の間と胸のロゴの縁取りにスクールカラーの赤紫を入れたとの事であります






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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは
監督がずっと変わらなかったことも大きいのか原型は40年ぐらいほぼ変わってないみたいですね。自分もこのスタイルが好きなのでずっとこのままで行ってほしいなと思います。
気になるのがスパイクの色ですね。最近白スパイクのチームが多くなってるのですが子供のスニーカーを連想して好きじゃないです。黒がかっこいいと思います。さすが六大学は東大が紺なの以外黒ですよね。立教が数年前白でしたが不評で戻しました。
東都1部では亜細亜のみが黒で、東洋は白ベースではあるけど色のついた部分が多いので遠目には黒っぽく見えるからまぁ良しとしてほかは全部白ですね。駒大とか2年ほど前に白スパイクにしてから威圧感もなくなったような気がします

jimmy
2009/01/23 21:05
>jimmyさん。
コメントありがとうございます。
確かに白いスパイクは違和感がありますよね。メーカーの都合もあるのでしょうけど、シンプルな黒が理想ですね。
青学は河原井監督になった時にストッキングやロゴを変えましたから、やはり人心一新の意味もあったのでしょうか。
東洋もいずれは高橋監督勇退の時を迎えるのでしょうが、ユニフォームは受け継いでいって欲しいですね。
かにゃ
2009/01/23 23:01

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