通算15完封&56回3分の2連続無失点:松沼雅之投手=東洋大学野球部の歴史-記録③

松沼雅之投手には連続無失点56回2/3という記録があるが、もう一つ通算15完封という記録もある。こちらのほうは余り紹介されることが無いので無失点記録と併せて見て行くことにしたい。(得点の赤字は無失点記録中のイニング)



昭和50年:春
4月16日対亜大二回戦
亜  大000 000 000  0  初登板初完封
東洋大000 210 00X  3
亜大:小林・高橋・古屋
東洋:松沼


5月10日対国士大二回戦
東洋大000 000 001  1
国士大000 000 000  0
東洋:松沼
国士:吉川

昭和50年:秋
10月10日対亜大二回戦
亜  大000 000 000  0
東洋大100 000 000  1
亜大:黒紙
東洋:松沼

昭和51年:春
月13日対日本大一回戦
日本大000 000 000  0  
東洋大000 001 000  1
日本大:佐藤
東洋大:松沼

昭和51年:秋
9月7日対日本大一回戦
東洋大000 001 000  1  連続無失点3回
日本大010 100 00X  2
東洋:松沼7・山村1
日大:佐藤

9月8日対日本大二回戦
日本大100 000 000    連続無失点10回 1/3
東洋大000 210 00X  3
日大:佐々木・三上
東洋:小林1 2/3・松沼7 1/3

9月10日対日本大三回戦
東洋大000 601 001  8  連続無失点19回1/3
日本大000 000 000  
東洋:松沼
日大:佐藤・三上・佐々木・田中

9月23日対中央大一回戦
中央大000 000 000    連続無失点28回1/3
東洋大010 030 000  0
中大:林・島田
東洋:松沼

9月24日対中央大二回戦
東洋大000 210 021  6
中央大000 010 100  2  連続無失点30回2/3
東洋:石崎2・山村4 2/3・松沼2 1/3
中大:鎌田・島田・山本・松田・葉山

9月29日対亜大一回戦
東洋大010 000 002  3  連続無失点39回2/3
亜  大000 000 000  
東洋:松沼
亜大:矢野・黒紙

10月1日対亜大三回戦
東洋大010 000 001  1  連続無失点48回2/3
亜  大000 000 000    日大・河内の43回1/3を23年ぶりに更新
東洋:松沼
亜大:矢野・高橋

10月12日対駒沢大一回戦
駒沢大000 000 001  1  連続無失点56回2/3でストップ
東洋大011 010 00X  3

9月20日対駒沢大一回戦
駒沢大000 000 000 000  0  12回に肩痛める
東洋大000 000 000 001  1
駒大:尾藤・中後・渡辺・長嶋
東洋:松沼

昭和52年:秋
10月5日対中央大一回戦
東洋大000 000 001  1  1安打完封
中央大000 000 000  0
東洋:松沼
中大:島田

10月18日対亜大一回戦
亜  大000 000 000 000 0  0
東洋大000 000 000 000 1  1
亜大:矢野
東洋:松沼

昭和53年:春
4月4日対駒沢大一回戦
駒沢大000 000 000  0
東洋大001 000 10X  2
駒大:中後・長島
東洋:松沼

4月28日対亜大三回戦
亜  大000 000 000  0  専大・芝池の13完封に並ぶ
東洋大000 400 00X  4
亜大:小松・宮本
東洋:松沼

昭和53年:秋
10月3日対駒沢大一回戦
東洋大001 100 000  2
駒沢大000 000 000  0
東洋:松沼
駒大:長島・坂本恭・山本

10月11日対国士大一回戦
東洋大000 000 000 000 01  1  9回まで16奪三振(当時最多記録)
国士大000 000 000 000 00  0  一試合22奪三振
東洋:松沼
国士:片岡



松沼投手は日米大学野球でも通算3試合の完封を記録しているが、更に二年越しで25インニング無失点の記録も残している。

昭和52年第六回日米大学野球:於・米国
7月11日:第7戦
日本001 004 000  5
米国012 003 1X  7
日:江川3 2/3・林11/3・山村1・松沼2

昭和53年第七回日米大学野球:於・日本
6月25日:第2戦
日本000 000 000  0
米国000 000 30X  3
日:松沼4・加藤0・藤田2 1/3・鹿取1/3・堀田1 1/3

6月29日:第4戦
日本000 300 002  5
米国000 000 000  
日:松沼

7月3日:第6戦
日本000 011 001  3  タツノ(米)の21回を更新
米国000 000 000  

7月4日:第7戦
日本020 020 000  4
米国000 020 100  3
日:藤田4・堀田3・松沼2

松沼投手は茨城県の取手二高出身。同じ世代には当時高校四天王と呼ばれた中の一人、土浦日大の工藤投手がいた。この二人の三年時の茨木大会。

昭和49年全国高校野球茨城大会
7月28日:準決勝

土浦日大002 120 11  7
太 田 一000 000 00  0
土:工藤
太:菊池・福田・斎川


磯  原000 000 000 000 000 00  0
取手二000 000 000 000 000 01  1
磯:島根
取:松沼


7月29日:決勝

取 手 二000 000 001  1
土浦日大011 000 01X  3
取:松沼
土:工藤

決勝で松沼投手は12安打を浴びながら踏ん張ったが、味方打線が2安打に抑えられ涙をのんでいる。
前日にコールド勝ちした工藤投手と一人で17回を完封した松沼投手。たら・れば話ではあるが、もし準決勝が延長にならなければ松沼投手が全国の舞台で脚光を浴びてたかもしれない。そうなっていたらその後の進路は・・・。


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