二年続けて甲子園で魔の9回。ツーアウトから・・:上尾高のメンバー=東洋大学野球部の歴史ーエピソード④

*本記事は拙ブログを開設して間もない2008年4月にUPしたものですが、本日(2018年6月7日)の朝日新聞デジタルに掲載された記事“埼玉)ベストゲーム 上尾の選手たちはいま”で、仁村徹・福田治男・長堀肇・市川司郎の四氏のその後が紹介されていたので、トップに持ってきました。

仁村徹投手が昭和五十四年夏の甲子園での初戦、対浪商戦で九回二死から牛島に同点2ランを打たれたのは今更説明するまでもない有名な話。
上尾高は翌五十五年春の選抜に、今度は弟の仁村健司投手を擁して出場、一回戦では平安を2-1で下した。翌日の朝日新聞には“兄さん、敵を討った”の小見出しで
『・・・仁村を支えたのは「何としても昨年の二の舞をしないぞ。悔し涙を流した兄になんとしても一勝をプレゼントするんだ」という執念だった』(朝日新聞昭和五十五年三月三十一日付朝刊)
との記事が載っている。(健司選手は出場はなかったが、控え選手として浪商戦はベンチ入りしていた。)
しかし、次の二回戦で帝京を相手に2-1とリードしていながら九回二死二塁からセンター成宮選手のグラブをはじく二塁打を浴びて追い付かれ、延長戦の末2-3で敗れてしまう。
そうなると今度は“-上尾のエース仁村-昨夏の兄と同じ敗戦の道をたどる“の見出しである。(朝日新聞昭和五十五年四月四日付朝刊)
二年続けて悔しい敗戦を喫した上尾のメンバーの内、仁村兄弟以外にも多くの選手が東洋大へ進んできている。

昭和54年8月9日甲子園昭和58年10月9日神宮
   上尾2-3浪商(延長11回) 東洋大4-5中央大 
   上尾メンバー東洋大メンバー


(遊)福田      (二)  松本 PL学園
(二)細渕   (一)中 長堀 上 尾
(左)角田    打中 成宮 上 尾
(中)市川     角田 上 尾
(投)仁村(徹)    (遊) 山口  東洋大姫路
(三)江本   (投)一仁村(徹)上 尾
(一)長堀     (中) 市川 上 尾
(捕)長島   高津 川之江
(右)梶原   田中(泰)東洋大姫路
        (三) 福田 上 尾
(左) 仁村(健)上 尾
昭和55年4月3日甲子園(右) 川合 相 可
上尾2-3帝京(延長12回)打右 小沼 佐野商
   上尾メンバー 谷田 浜 田
(中)成宮 日野 上 尾
(遊)江本 (捕) 森(浩) PL学園
(三)杉浦    福島 熊谷商
(投)仁村(健) 中川 東洋大姫路
(左)関口
(捕)岩下
(一)鴇田
(右)横田
矢部
遠山
(二)佐藤
打二 黒川

上に掲げた試合の七名出場が最多でこの一試合しかない。六名出場したのは他に数試合ある。
また、スタメンで出場しているのは開幕カードスタメンⅡ:昭和50年~昭和63年で紹介した58年春の五名が最多である。
(青字の黒川・遠山の両選手この中大戦には出ていないが東洋に進学している。)


関連エントリー42試合連続登板:仁村徹投手=東洋大学野球部の歴史-記録①
         東洋大学野球部の歴史-人物①野本喜一郎さんⅠ
東洋大学野球部の歴史-人物①野本喜一郎さんⅡ


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