再度改題・東都大学選抜1勝5敗:対六大学選抜

*本稿は昨年(平成20年)7月7日に“東都大学選抜1勝3敗:対六大学選抜”としてUP致しましたが、その後、戦前に太田四洲追悼野球試合として東都と六大学の選抜チームの対戦が行われていたことを知り加筆・改題いたしました。

*平成25年8月25日追記
『早稲田大学野球部五十年史』に前記・太田四洲追悼試合の翌年(昭和16年)に「安部磯雄先生七十七歳謝恩野球祭」が行われ、東都と六大学の選抜チームが対戦していたとの記事を見つけた為、再度加筆・改題いたしました。

*平成28年9月22日
新聞記事からの一部引用、及び太田四洲追悼試合の個人打撃成績を追記致しました。



太田四洲(本名・茂)は明治14年、香川県の生まれ。
「明治36年に始った初期早慶戦を軍記物語式の名文で描写して以来、四州(志蹴)の筆名で書いた試合記事は読者の人気を独占した。又ながらく雑誌「運動界」の責任編集に任じ、鋭意野球の啓蒙に尽瘁し、生涯を野球批評のために貫き、文筆をもって学生スポーツの健全な発展に献身した。」(野球体育博物館HPより)

昭和15年2月26日没。
追悼試合は同年4月15日、神宮球場で鎌倉老童軍対東京中等聯盟現役員、東京大学野球(六大学)聯盟現役員対東京運動記者俱楽部の試合に続いて行われた。鎌倉老童軍は“文士野球”のチームで投手は大佛次郎、運動記者俱楽部を率いたのは飛田穂洲。
昭和47年野球殿堂入り。



一回目
昭和15年4月15日
太田四洲追悼試合:於・神宮球場
東京六大学選抜300 001 000  4
東都大学選抜001 000 000  1
六大学点.....東都大学
(二)宮崎 慶大310(二) 奥村 中大 5 1 0
亀田明大 0 0 0 (遊)永田 日大32 0
中村早大 1 0 0 (中)伊藤 中大41 1
(中)浅井早大310(三) 安井日大 3 0 0
山本東大 1 0 0 (右)木村 農大 4 1 0
(左)加藤兄明大1 0 0 (捕)小椰 中大 2 0 0
松井 早大210逸木専大 2 0 0
(右)田部 立大200(左)花木専大 0 0 0
田川 法大100菅瀬商大 3 2 0
(一)村上 法大311(投)左小嶋 中大 1 0 0
加藤弟 明大100安達 商大 0 0 0
(三)宇野 慶大200(一) 熊谷 中大 41 0
阿瀬明大200
(捕)町田立大110
井上慶大110
松井明大100
(遊)柚木立大210
大館慶大111
(投)西郷立大100
高木慶大100
藤本明大100
31823181

二塁打:村上・町田・大館(六)菅瀬(東)

◇・・・快晴に恵まれ観衆一萬を超す盛況で故人を偲ぶにはふさはしいものがあった。試合は國旗掲揚、宮城遙拝、黙禱、弓舘芳夫氏の挨拶のあって後故人の令弟太田爲雄氏の始球式で開始された。(『讀賣新聞』)
◇・・・はじめての試みであったが東京大學の強打者連は商大菅瀬投手の前に猛打を防がれ案外の小差で東京大學の勝利となった。今後もこの二つの聯盟が代表者を出し合って真剣な氣持ちで戰ひを交える事は學生野球界の為に非常にためになる事と考えられる。(『朝日新聞』いずれも昭和十五年四月十六日付朝刊)
*当時の朝日新聞記事には六大学は“東京大學聯盟”と表記されている。
*六大学選抜の投手、立大の西郷は鹿児島二中出身の西郷準。西郷隆盛の孫である。昭和13年秋の対法大戦での13四死球は現在も六大学記録。打撃では昭和13年春・秋、15年春の三回ベストテン二位となる。フィリピン・ルソン島で戦死。 


二回目
昭和16年9月7日
安部磯雄七十七歳謝恩野球祭:於・神宮球場
東都大学選抜100 000 000  1
東京六大学選抜000 002 00X  2
東都大学点..... 六大学
(右) 山口専大410(左) 田中東大 1 0 0
(中) 伊藤中大300松井 早大 30 0
(三)瓜生専大000(二)烏丸法大200
田中中大100安井明大100
(左) 左達中大421(一)加藤明大422
片山日大200出川法大000
■■日大 1 1 0 (三)宇野 慶大310
(一)赤石中大300(遊)大館慶大300
(捕)逸木専大310(中)綱島立大200
(投)梶岡専大200根津慶大100
(二) 宮崎専大100(投)石黒早大100
久野日大100藤本明大200
浅川中大000(捕)小野早大1 0 0
(遊) 塚本専大300松井明大2 1 0
(右)笠原早大2 0 0
辻井 早大00 0
28 5 1 2842

東都7201
六大3220
三塁打:山口(東都) 二塁打:左達(東都)
*■■ は運動年鑑の選手名簿から“渡邊”ではないかと思れるも判読不能。

…この頃、東京六大学選抜軍対東都大学選抜軍の試合を見た記憶がある。
東都のエースだった専大・梶岡(元阪神)の猛速球の前に、六大学勢のバットも、なかなか快音を発しなかった。
早大の松井栄造外野手が花形スターとして人気を一身に浴び、彼が出ると大騒ぎになった。
「東都の奴ら、どてっ腹にかざ穴があくぞう・・・・・松井、打てえ・・・・・外野バック・・・・・内野バック・・・・・ピッチャーバック・・・・・キャッチャーバック」
もうメチャメチャな声援であるが、この日松井はノーヒットだったと記憶する。
結局、六大学は梶岡投手から二点を奪い、東都は石黒(早)、藤本(明、元巨人)から一点しか取れず、2-1で六大学が勝った。
だがこんな僅少差で六大学が東都に勝つというのは、当時としては必ずしも六大学にとっての名誉ではなかった。
(『六大学野球は最高』田山力哉
著者の田山力哉氏は昭和5年生まれで子供の頃からの六大学野球ファン。本職は映画評論家)


*試合は当初4月5、6日に予定されていたが、雨天のため日本青年館にて祝賀行事のみ行われ、9月7日に六大学OB・記者軍対東京中等連盟、浅草精華国民学校対足立千住国民学校(軟式)の試合と共に行われた。
安部磯雄には記念品として杖が贈呈されたとのこと。


三回目
昭和25年3月27日
早大野球部五十周年記念:於・早大安部球場
東都大学選抜000 100 001  2
東京六大学選抜 304 420 00X  13
東都:河島・手越・三好
六大:末吉・後藤・浅井・入谷・大沢・平古場




四回目
昭和40年11月12日
アジア野球選手権代表決定戦二日目:於・神宮球場
東京六大学選抜001 100 100  3
東都大学選抜000 000 100  1
六大学 東都大学
(中) 高田明治大520(遊)平位専修大410
(二) 江藤慶応大 442(左)佐藤専修大410
(左) 林田早  大300(一)塩沢専修大400
(一) 広野慶応大420(中)高畠中央大300
(捕) 大塚早  大400(右)当銀駒澤大400
(右) 萩原早  大411(三)佐野専修大420
(遊) 西田早  大400(二)山田亜  大401
(三) 小西早  大400(捕)水沼中央大200
(投)八木沢早  大3 00正垣日本大1 0 0
有田専修大000
(投)高橋中央大210
大倉 芝工大100
専修大000
3593 3351
六大学............東都大学
52007 61016
投球回 被安打 自責点投球回被安打自責点
八木沢950 高橋8 92
100
二塁打:萩原(六)・佐野(東)
盗塁:六大学4・東都3 失策:西田(六)・平位(東)
○…八木沢と高橋。大学野球の代表的な二投手の興味深い対戦だったが八木沢が見事に投げ勝った。鋭い腰の回転からくり出される八木沢の球は打者の手元でグッとノビる。すばらしい迫力だ。東都の打者は高めに振り遅おくれ、二回で早くも四つの三振を喫するあり様だった…。
(『朝日新聞』昭和四十年十一月十三日付朝刊)





五回目
昭和51年11月3日
明治神宮外苑創建・神宮球場竣功50年記念奉納野球試合:於・神宮球場 観衆約20000人
東都大学選抜100 022 002  7
東京六大学選抜000 001 001  2
東都大学 六大学
(中)岡村 中央大 4 1 0 (左) 横井 明治大 2 0 0
高柳 国士大 1 0 0 打右 佐藤 慶応大 2 0 0
吉近 専修大 0 0 0 (中)右 植松 法政大 2 0 0
(二) 羽田 日本大 1 0 1 丸茂 明治大 1 0 0
打右 漆畑 専修大 3 2 1 猪熊 立教大 0 0 0
(一) 武智 駒澤大 5 2 0 中沢 東京大 0 0 0
(右) 平川 東洋大 3 1 0 宇地原 立教大 1 0 0
駒澤大 0 0 0 (二) 金光 法政大 3 0 0
畠山 東洋大 1 0 0 伊藤仁 東京大 0 0 0
戸川 東洋大 1 0 0 野村 東京大 0 0 0
(三) 古屋 亜  大 3 1 0 松本 早  大 0 0 0
走三 高林 東農大 0 0 0 (一) 佐藤 早  大 3 0 0
打三 熊野 中央大 1 0 0 (捕) 堀場 慶応大 2 0 0
(捕) 中尾 専修大 1 0 0 山倉 早  大 2 0 0
和泉 日本大 1 0 0 (右) 羽田 明治大 1 0 0
達川 東洋大 2 0 0 打中 小島 慶応大 2 0 0
(左) 沾野 日本大 4 1 0 (三) 木村 法政大 3 1 0
佐藤義 日本大 0 0 0 (遊) 高代 法政大 1 0
中央大 0 0 0 先崎 立教大 0 0 0
堀田 専修大 0 0 0 打遊 八木 早  大 1 0 0
(遊) 石毛 駒澤大 4 2 2 (投) 慶応大 0 0 0
(投) 松沼 東洋大 1 0 0 鹿取 明治大 0 0 0
坂田竹 亜  大 0 0 0 江川 法政大 2 1 1
坂田松 亜  大 1 0 0 西山 東京大 0 0 0
木村 立教大 0 0 0
37 10 4 28 2 1
東都大学............六大学
   62106       44114
投球回 被安打 自責点 投球回 被安打 自責点
松沼 4 1 0 4 1/3 5 2
3 1 1 鹿取 2/3 1 0
佐藤義 1 1/3 0 0 江川 3 1/3 2 2
0 0 0 西山 1/3 0 0
堀田 2/3 0 0 木村 1/3 2 0

本塁打・東:石毛(江川) 六:江川(森) 三塁打:岡村・古屋(東) 盗塁:東1 六2  併殺:六1
○…この記念試合に、東都は駒沢球場で三日間合同練習を行い六大学は一日リーグが終わったばかり。しかも各校の四年生は練習をしておらず、グラウンドに姿を見せた選手たちの動き、気合は初めから違っていた。「お祭りといってもやはり勝負は勝たなくては…」(東都・佐藤監督)というように東都の各選手は目の色が輝いていた。
○…7-2、東都の快勝に佐藤監督は「森、佐藤、松沼と東都の三本柱はそう簡単に打たれません」と胸を張れば、六大学の五明監督は「仕方ない。東都との勝負は六日からの神宮大会です」とムッとした表情。
(『毎日新聞』昭和五十一年十一月四日付朝刊)
*東都の佐藤監督は東洋大高橋昭雄監督の旧姓

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昭和51年(1976):明治神宮外苑創建・神宮球場竣功50年記念奉納野球試合メンバー


六回目
平成8年11月9日
明治神宮外苑創建70年記念奉納野球試合:於・神宮球場 観衆18000人
東京六大学選抜120 100 000  4
東都大学選抜000 000 010  1
六大学 東都大学
(左) 篠原 早  大 5 3 1 (遊) 井口 青学大 4 2 1
明治大 0 0 0 (中) 飯塚 亜  大 3 1 0
(指) 水谷 明治大 1 1 0 (一) 西村 駒澤大 4 0 0
打指 中村寿 早  大 2 0 1 (二) 今岡 東洋大 4 0 0
打指 大塚淳 立教大 1 0 0 (指) 小山 東洋大 2 0 0
打指 三島 法政大 1 0 0 打指 壇原 東洋大 1 0 0
(中) 橿淵 明治大 4 0 0 打指 工藤 駒澤大 1 0 0
片岡 慶応大 1 0 0 (右) 河野 専修大 3 1 0
小原 東京大 0 0 0 板野 駒澤大 1 0 0
(右) 高橋由 慶応大 5 4 0 (捕) 清水 青学大 2 0 0
(一) 副島 法政大 4 1 1 中野 亜  大 1 0 0
(三) 筒井 明治大 4 0 0 (左) 水上 立正大 2 1 0
(遊) 明治大 2 0 0 打左 山崎 専修大 1 0 0
出井 立教大 1 0 0 (三) 井端 亜  大 2 0 0
鈴木 法政大 1 0 0 岡村 専修大 1 0 0
(捕) 鷲北 明治大 3 1 0
(二) 峰岡 早  大 0 0 0
松田 法政大 1 1 0
野上 明治大 1 0 0
37 11 3 32 5 1
六大学............東都大学
   431010       91015
投球回 被安打 自責点 投球回 被安打 自責点
三沢 早  大 6 4 0 黒田 専修大 1 1/3 3 2
川上 明治大 3 1 1 高橋 駒澤大 2 2/3 4 1
岩淵 専修大 3 3 0
広田 立正大 2 1 0

本塁打:東・井口(川上) 二塁打:水谷・篠原(六) 盗塁:東・1 失策:東2 暴投:黒田(東)



参 考
*昭和40年に行われた四回目の対戦はアジア野球選手権代表決定戦の中で実現した。この大会は東京六大学・東都大学・首都大学・神奈川五大学・愛知大学・関西六大学・九州六大学の各リーグ選抜チームによりアジア野球選手権の代表権をかけて行われた。

昭和40年アジア野球選手権予選

11月10日 予選トーナメント
東京六大学3-0神奈川五大学
東都大学  8-1首都大学
関西六大学6-3愛知大学

11月11日決勝リーグ初日
東都大学  6-1九州六大学
関西六大学3-2東京六大学

11月12日決勝リーグ第二日
東京六大学3-1東都大学
九州六大学3-2関西六大学

11月13日決勝リーグ第3日
関西六大学6-3東都大学
東京六大学8-2九州六大学

11月14日首位決定戦
東京六大学8-0関西六大学
この結果東京六大学選抜チームがマニラで行われたアジア野球選手権に出場し5勝1敗で優勝した。

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