テーマ:東洋大学

“祖”ですり合うも多生の縁=ややこじ付け的東洋大学と御縁のある高校一覧

大学野球は選手権も終わり、これからは高校野球のシーズンであります。 わたくしの母校は地区予選の一回戦敗退の常連なので、毎年東洋大姫路などの付属高や東洋大OBが監督のチームを応援しているのでありますが、この際全国で東洋大と多少なりとも御縁のある学校を洗い出してみようと思い、一覧にしてみました。 *2019年6月30日更新:群馬県・桐生…
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箱根駅伝に出場した東洋大学の戦没者

*2019年5月31日更新:護国会報の記事画像を追加いたしました。 東洋大学における戦没者は2014年の時点で203名がわかっており、同年に発行された校友会120周年記念誌『東洋の軌跡』にその一覧が掲載されておりますが、戦前の箱根駅伝の記録などを調べているうちに、出場者の何名かがそこに記載されていることに気づきました。 …
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昭和10年にマラソンの世界最高記録を出した池中康雄さんの東洋大学在学年(付:第二学寮など)

*H31年2月11日 古書店で昭和13の学生名簿などを入手したので、それに基づき書き換えました。 ラグビーワールドカップでの“歴史的勝利”の陰に隠れて?あまり話題になっていませんが、かつての山の神・柏原竜二選手が9月20日に行われたシドニーマラソンでフルマラソンに初めて挑戦いたしました。結果は2:20:44で七位でしたが、卒業後…
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箱根ランナーが繋いだ御縁?=大正11年第三回箱根駅伝:法政大学六区・川村衛と東洋大牛久高校

東洋大学の付属高校では東洋大姫路高校が野球の方で活躍し、校名も全国的に知られておりますが、東洋大牛久高校の方はスポーツでは相撲が全国大会にも出場しているようです(あまり詳しくないもので…) その東洋大牛久高校が茨城県高校新人大会の駅伝部門で優勝したとの事。 平成29年度 茨城県高等学校新人駅伝競走大会(男子) 新人戦と…
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箱根駅伝:東洋大学のこれまでの区間賞獲得者

先に行われた第88回箱根駅伝で東洋大学は六区間で区間賞を獲得しました。 そこで、初出場から今大会までの区間賞獲得者を区間別と年度順にまとめてみました。 *2019年1月6日更新:第95回までの区間賞獲得者を追記いたしました。 (タイムの後の(新)はその時点での区間新記録) (各区間の距離は昭和30年以前は不明。30年以降は『…
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番外編:11月23日=創立とはあまり関係がない東洋大学の“創立記念日”

(H30年11月23日更新:平成三十年度より井上円了が哲学館開館届けを出した本来の創立記念日・9月16日に変更になったとのこと) 11月23日は勤労感謝の日で休日でありました。普段はあまり熱心に勤労に励んでいない筆者ではありますが一人前に休ませていただきました。 この11月23日という日は東洋大学の“創立記念日”でもあります…
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仏教系大学、野球の実力

全国の仏教系大学の所属リーグでの成績などをまとめてみました。 *H30年11月18日更新:“仏教系大学”について簡単に付け加えました。 宗派 所属リーグ 優勝回数 四天王寺大学 和宗 なし 種智院大学 東寺真言宗 なし 高野山大学 高野山真言宗 …
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昭和初期の東洋大軟式庭球部

以前UPした“番外編:戦前の東洋大学の運動部”の記事でご紹介いたしましたが、東洋大のスポーツで最初に優勝したのは軟式庭球でありました。 大正 9年関西地方遠征(5月:約20名) 大正13年関東学生軟球連盟リーグ戦優勝(5月) 大正14年都下大学専門学校軟式リーグ戦優勝 大正15年埼玉県足利体育会主催軟式庭球大会出場(10月)…
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植木等さんの東洋大学卒業年は…?

*本記事はH29年10月にUPいたしましたが、絶版になっていた『夢を喰いつづけた男―おやじ徹誠一代記』がH30年2月6日にちくま文庫で復刊いたしましたので、再度トップに持ってきました。 東洋大学のOBである故植木等さんのHNKのドラマ『植木等とのぼせもん』が話題になっているようであります。 わたくしはお気に入…
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Google Earth で見た東洋大学白山校舎の変遷 

人工衛星からの“空撮画像”見ることができるソフト、Google Earth の最新バージョン・Google Earth 7では“過去のイメージ画像”までさかのぼって見ることが出来るようになっています。 そこで、Google Earth の過去の東洋大学白山校舎の画像と、さらに『図録・東洋大学100年』の1987年頃の空撮写真を並べ…
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昭和初期の東洋大野球部

以前、図書館で見つけた『校友会報』116号(発行年を写し忘れてしまいましたが、昭和五十年代前半に発行されたもの)に掲載されていた投稿記事・「五十年前の野球部」をご紹介いたします。 執筆者の方は昭和三年~六年に専門部(三年制)倫理学東洋文学科に在籍されていた方ですので、今からですと約九十年前になります…。 もう、五十年も前のこ…
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番外編:戦前の東洋大学の運動部

*平成28年11月13日:『校友会報』111号所収の座談会から、戦前の運動部に関する箇所を追記いたしました。 *平成28年11月15日:『東洋大學護国會會報』より相撲部関連記事を追記いたしました。 近年では駅伝や野球等スポーツの分野でも名を知られるようになった東洋大学ですが、「東洋大学野球部の歴史-戦後編⑦昭和35年追記:グラウンド…
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昭和15年の箱根五区区間賞、朴鉱采の「秋窓雑感」

戦前の東洋大学では明治27年から大正12年まで『東洋哲学』、大正13年から昭和4年まで『観想』、昭和4年からは『東洋学苑』と誌名や発行母体を変えながら学内誌が発行されておりました。 更に『東洋学苑』も昭和8年に経済的理由により廃刊となってしまいますが、昭和10年に新たに『思想と文学』が刊行され昭和15年12月まで発行されました。 …
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あれから16年…箱根駅伝・9区“歴代ワースト5位”の東洋大・石川末廣選手がオリンピック代表に!

3月17日にリオデジャネイロ・オリンピックのマラソン代表三名が発表され、その内の北島寿典、石川末廣の二名が東洋大のOBでありました。 特に石川選手はオリンピックの時点では36歳10か月と、マラソン代表の最年長選手とのこと。地道な努力が遂に実を結んだ結果であります。 その石川選手が箱根駅伝に出場したのは一、二年次の二回だけ。一年生…
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Wikipedia・池中康雄さんの項に関する疑問点=幻の五輪代表?

*先日、リオデジャネイロで行われるオリンピックのマラソン代表に東洋大OBの北島寿典・石川末廣の両選手が選ばれました。東洋大出身選手としては初めてのことであります。 この記事は2015年10月にUPしたものですが、オリンピックのマラソンに関連するので再度トップに上げることに致しました。 先日UPした昭和10年にマラソン…
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駅伝に水泳、更に今度は陸上100mのスターまで…で、野球はこの先どうなって行くのか?

*本記事は2013年の9月にUPしたものですが、高校三年野球部員の大学一年次・四年次での野球継続率の表を更新いたしましたので、トップに持ってきてみました。 8月の『日経産業新聞』で今年の大学野球選手権で優勝した上武大の谷口監督の記事が四週にわたって掲載されていました。 自身も現役時代に何度か挫折を味わいながら、就任から十三年目で…
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来季から“ホーム&アウェー!='14春・東都大学野球二部各校グラウンドをグーグルアースで見てみる…。

来季(2014春)から神宮第二球場を使わない東都の二部ですが、一回戦と二回戦は各校のグラウンドで対戦、三回戦にもつれた場合は町田の小野路球場で行われるとのこと。 そこで、各校のグラウンドをグーグルアースで覗いて見ました。 東洋大学グラウンド(人工芝) 所在地:埼玉県川越市鯨井2100 最寄駅:東武東上線 鶴ヶ島駅東…
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東洋大学:学生サークルの消長=1980年代初頭と今日の学生サークル一覧

1970年代末から80年代初頭にかけての学生サークル(文化団体・体育会)と今日の学生サークルを一覧にしてみました。 文化団体は1981年の第一部文化団体連合(文連)発行新入生歓迎パンフ(文連未加盟サークルも多数掲載)、体育会は1978年の『校友会報』111号記事「東洋大学スポーツの現況を語る」の一覧から引用いたしました。 現…
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戦前は“白山の哲学”と称されたって本当なのか?=戦前の東洋大学

*H25年6月14日:すこし追記いたしました。 何年か前からウィキペディアなどウェブ上で“第二次大戦前は「三田の理財、早稲田の政治、駿河台の法学、白山の哲学」と称され、東洋大学は伝統的に哲学が有名である”、との言葉がいつの間にか広まっています。 これって本当なのでしょうか? ウィキペディアの“東洋大学”の項の履歴を丹念…
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ウィキペディアの“哲学館事件”の項に関する疑問=続・戦前の東洋大学&戦前の六大学野球の入場料収入など

先回、ウィキペディアなどに書かれていた“三田の理財~白山の哲学云々”についてあれこれ書きましたが、ウィキペディアにはかねてからもう一つ疑問に思っていることがありました。 それは、“哲学館事件”に関する記事の終りの方に書かれている下記の部分であります。 この後、哲学館は東洋大学となり、1928年(昭和3年)に大学令(1919年(大…
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孤軍奮闘?宮崎孝悌氏=昭和初期の全日本学生氷上選手権

以前アップした『戦前の東洋大学の運動部』という記事に“『東洋大学百年史』には“スケート部は昭和四年宮崎孝悌(昭和五年卒)により再組織され誕生し”、昭和五年の第五回全国学生氷上選手権にアイスホッケーに東洋大が出場していたことを書きましたが、その後『運動年鑑』を調べていたところ、スピードスケートでも“宮崎(東洋大)とあるのを見つけました。 …
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番外編:東洋大学旧二号館地下ホール見取り図

実家の段ボール箱を漁っていたところ、かつての文化団体連合発行の1981年版『新入生歓迎ガイダンスブック』が出てきました。 その中にサークルマップという題で“二号館地下ホール”などのサークルボックスの案内図が載っておりました・・・。 旧七号館 …
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番外編:『東洋大學絵葉書』その2

古書店で見つけた『東洋大学絵葉書』。 以前にUPした“番外編:『東洋大學絵葉書』”は戦前の創立第41回起念のものでしたが、これは戦後発行のもの。発行年は明記されていません。 表紙カバー 正門 …
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坂口安吾も講義を受けた?カルピスの名付け親

先日の朝日新聞に“アサヒ、カルピスを買収へ”という記事が載っておりました。 最近はカルピスというと紙パック入りのものやペットボトルの“カルピスウォーター”くらいしか見かけませんが、筆者がカルピスと聞いて思い出すのは、なんといっても水玉の紙にくるまれたビン入りの物であります。それも買うんじゃなくてお中元の頂物で…。    父親の代に…
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動画三編:世界学生クロカンとプロ初完投勝利の藤岡貴裕投手

YouTubeより東洋大から設楽悠太選手と田口雅也選手が出場した世界学生クロスカントリーとプロ初完投勝利を挙げたロッテ・藤岡貴裕投手。 世界学生クロスカントリー 前編で約45分なので、端折ってみたい方は 2分10秒頃:スタート 4分10秒頃:設楽選手紹介コメント(英語) 6分15秒頃:先頭に立った設…
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15:03:48→10:51:36=70回目の挑戦で遂に史上最速チームへ:第88回箱根駅伝の東洋大学

戦前の予想をはるかに上回る好記録で圧勝した今年の箱根駅伝。 昭和8年の初出場から数えて七十回目の節目の大会で遂に“史上最速”チームの誕生となりました。 79年前の初出場時のメンバーとタイムを見てみると 一区 二区 三区  四区 五区 兼頼米太郎 平田忠彦 河野省三…
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謹賀新年:箱根駅伝に初出場した昭和八年の『東洋大学学報』

あけましておめでとうございます。 本年もよろしくお願い申し上げます ~生きとし生けるものが幸せでありますように~ このところ東洋大学の活躍がめっきり目立つようになった正月恒例の箱根駅伝。 明日、明後日と行われる第88回の箱根駅伝でも前評判は高くおおいに活…
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井上円了の見た東北=『南船北馬集』に描かれた被災地

悪夢のような大震災から三週間余りがたち、東京では余震も少なくなり大分落ち着きを取り戻してきた感はあるけれど、ニュースで被災地の様子を目にするたびにどうしても暗い気持ちになってしまう。 十年ほど前に出張で訪れたのを最後に東北へは足を運んでいなかったけど、テレビで自分にもいくらか馴染みのある町のことが報じられると、記憶の中にある風景と…
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“山旅ひと筋”の野球部長:田部重治=東洋大野球部の歴史―人物⑩

正月恒例の箱根駅伝では最後まで健闘したもののトップの早稲田大に及ばず総合優勝を逃した東洋大だが、往路では今や全国にその顔が知られるようになった柏原竜二選手が、スタートの一区から終始先行し続けた早稲田大をお約束の山登りで捉え“三連覇”を達成。前年度のチャンピオン校としての面目を保った。 力感あふれる太ももが生み出す推進力で、先行するライ…
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