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日本代表、世界一周:第15回日米大学野球代表=東洋大野球部の歴史ーエピソード⑤

*2019年6月16日更新:本記事は2008年8月にUPしたものですが、1986年9月刊『週刊ベースボール』に掲載された前田祐吉「全日本チーム米欧長期遠征レポート」の記事を一部抜粋して追記いたしました。 今年は世界大学野球選手権が開催されるため、日米大学野球は行われない。 スタッフは昨年に引き続き青学大・河原井監督らが務め、代表…
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東都大学野球:各校ユニフォームの変遷

H30年9月2日更新:東洋大のストッキングの変化を追記 ①東洋大 戦前 胸のロゴは“YODAI”。 戦後(時期は不明) 撮影時期は分かりませんか、手作り感のある筆記体の“TOYO”のロゴは昭和20年代から30…
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二年続けて甲子園で魔の9回。ツーアウトから・・:上尾高のメンバー=東洋大学野球部の歴史ーエピソード④

*本記事は拙ブログを開設して間もない2008年4月にUPしたものですが、本日(2018年6月7日)の朝日新聞デジタルに掲載された記事“埼玉)ベストゲーム 上尾の選手たちはいま”で、仁村徹・福田治男・長堀肇・市川司郎の四氏のその後が紹介されていたので、トップに持ってきました。 仁村徹投手が昭和五十四年夏の甲子園での初戦、対浪商戦で九…
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神宮大会のさきがけ、“明治百年記念明治神宮野球大会”

*平成29年11月12日更新=平成21年1月にUPした際は大学の部のみを記事に致しましたが、高校の部と社会人の部の結果も追加いたしました。 昨年、東洋大学が優勝した第三十九回明治神宮野球大会(神宮大会)は“明治維新百四十年”のサブタイトルが冠せられていた。神宮大会が始まったのは昭和四十五年、明治神宮鎮座五十年の年からだが、その二年…
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“祝賀パレード”に“全学休講”…新聞記事に見る昭和40年代の東都入替戦

今年最初の記事でございます。 松も取れてしまいましたが、本年もよろしくお願い申し上げます。 さて、下馬評通り箱根駅伝で圧勝し、初優勝から三連覇を果たした青学大が七日の土曜日に青山キャンパスで優勝報告会を行った後、渋谷のセンター街でパレードを行ったとの事。 青学大、渋谷センター街で箱根3連覇&年度3冠Vパレード!もみくちゃに…
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初優勝は第二球場・・・雨と六大学の熱戦に泣かされた昭和37(1962)年春の東都大学野球

例年になくぐずつき気味のお天気のせいで、今季の東都大学野球は第四週までに四日が雨天中止となってしまいました。 特に第三週は、火曜日が中止になった御かげで22日・秋分の日の木曜日が一部・二部併用で四試合開催となったので、小躍りして喜んだ東都ファンの方もさぞかし多かったのではないかと思いますが、残念ながらこの日も恨みの雨となり、更に翌日も…
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再度改題・東都大学選抜1勝5敗:対六大学選抜

*本稿は昨年(平成20年)7月7日に“東都大学選抜1勝3敗:対六大学選抜”としてUP致しましたが、その後、戦前に太田四洲追悼野球試合として東都と六大学の選抜チームの対戦が行われていたことを知り加筆・改題いたしました。 *平成25年8月25日追記 『早稲田大学野球部五十年史』に前記・太田四洲追悼試合の翌年(昭和16年)に「安部磯雄…
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入学式の日の翌朝、自宅に電話が…“今日神宮で先発してくれ!”=昭和46年春の芝工大

世の中、光当るところには陰あり。明と暗はつねに対なのであります…。 さる6月9日、神宮球場で全日本大学野球選手権の準々決勝が行われている頃、お隣の神宮第二球場では一橋大と芝工大が東都大学野球三部・四部入替戦の四回戦を戦っておりました。 結果は芝工大の萩原投手が一橋大を五安打完封、三部復帰を果たしました。 あえなく四部転落と…
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昭和53年の“5・18”から平成22年“5・19”へ…32年越しに実現、対国士大戦でのV達成!

連勝で勝点奪取がV達成の条件だった対国士大戦。先勝して迎えた二回戦でいきなりの初回4失点のビハインドをものともせずに、打撃戦の末9対8で見事優勝を勝ち取った平成22年5月19日の神宮球場。ここから時計の針を32年分巻戻した昭和53年春のリーグ戦…。 4カードを終えた時点で8勝3敗1分で勝点4の東洋大は、残る国士大戦で勝点を挙げれば…
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生中継された初優勝=東洋大野球部の歴史-エピソード⑥

*本稿は2009年6月1日にUP致しましたが、使用していた動画サイトの運営会社が他社に移行することになったため、これを機会にYouTubeにUPしていたダイジェスト画像と差し替えることにいたしました。内容も一部変わるので、本日(8月21日)あらためてトップに掲載させていただきました。 …
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幻の『TOTO UNIVERSITY Base Ball League』

『神宮球場ガイドブック』が発行されるようになるのは1986年からだが、それ以前には東都大学野球連盟発行の 『TOTO UNIVERSITY Base Ball League』と云う濃紺の表紙の冊子があって春と秋に球場内で売られていた。今筆者の手元に残っているのは1985年春のVol11しかない。1980年のVol1からの数年分も残して…
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34年前の初登板完封勝利:松沼雅之投手(昭和50年4月16日:東洋大対亜細亜大二回戦

本日(4月21日)、亜細亜大学の新人・東浜投手が対中大戦に完封勝利。一年生投手が春のリーグ戦で初先発完投勝利を挙げたのは、昭和50年4月16日東洋大対亜細亜大二回戦の東洋大・松沼雅之投手以来34年ぶりとの事なので、34年前のスコアを掲載いたしました。 昭和50年4月16日:於神宮球場 東洋大対亜細亜大二回戦 亜  大000 0…
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打撃ベストテン第三位になった“投手”:松沼博久選手=東洋大野球部の歴史―エピソード編13

東都大学野球では平成六年の秋のリーグ戦から指名打者制が採用された為、現在では少々バッティングに自信のある投手でも余程の事がない限り試合で打席に立つことはないが、それ以前では時折投手でありながら打者としても活躍した選手がいた。 本ブログでもご紹介した鶴岡昌宏投手や仁村徹投手などは四番を打ったこともあり、降板後も守備に就いて打席に立ったこ…
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明日(3月4日)の東京は雪ですが・・・雪に泣かされた25年前

東京のはずれ、埼玉県まで徒歩五分圏内の筆者自宅付近ではすでに雪が降り始め、未だ積もってはいないものの、明日までに3~5㎝の積雪が予想されるとか。さらに予報では木曜は晴れるものの金~日曜は雨。キャンプを終えてオープン戦も始まろうかと云うこの時期、悪天候がどのように影響するのやら・・・。 東京に記録的な大雪が降ったのは今から25年前の…
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動画:打ち勝つ野球の“スクイズ”=東洋大野球部の歴史ーエピソード編12

なかなか見られない “TOYO”のスクイズ(’02秋:対専修大戦、浜田政宣選手=現東京ガス) http://www.youtube.com/watch?v=X_eY1L5dQ8I&feature=player_embedded 平成14年秋季リーグ戦 9月7日:対専修大一回戦 東洋大300 001 020  6…
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“通算一勝”の投手陣で年間グランドスラム=東洋大野球部の歴史ーエピソード編⑩

過去、春秋二回のリーグ戦と大学選手権、神宮大会の全てを制覇する年間グランドスラムを達成したのは、今年の東洋大が四校目(近大は二回達成しているので回数では五回目)。達成校は以下の通り。 年 度    校 名  主な投手選手権決勝神宮大会決勝 昭和47年関西大学山口高志(四年)1-0慶応大1-0法政大 平成 元年近畿大学酒…
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『大学野球』の表紙を飾った東洋大選手=東洋大野球部の歴史ーエピソード編⑨

今年は春・秋とも週刊ベースボール増刊『大学野球』誌のリーグ戦決算号では東洋大ナインの集合写真が表紙を飾ったが、優勝したのだから当然のことではある。出来れば来年は“展望号”の表紙を賑わせて欲しいものだ。 筆者の手元には78年・82年及び91年以降の全巻は残っているが、東洋大の選手が表紙になっているものは次の二冊しかない。 ①8…
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動画:試合終了!~挨拶に見る〝優勝経験値UP度〝~=東洋大野球部の歴史ーエピソード編⑧

年間グランドスラムを達成し、四回の優勝を経験した今年の東洋大野球部。そのうち三回を動画に収め、本ブログでご覧頂くことができた。あらためてその場面を見直してみると、試合終了後応援席に挨拶をする選手たちの様子に、蓄積された“優勝経験値”の表れが窺える・・・。 ①秋季リーグ戦:対青学大二回戦 東洋大野球部|無料動画、動画配信、フラ…
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熊本の仇を神宮で:松永隆太選手=東洋大学野球部の歴史-エピソード即席版

昨日の東都大学野球、東洋大学対亜細亜大学戦。東洋が一勝すれば優勝、連敗すると逆に亜細亜が優勝という大一番は亜細亜大が7回にスクイズで先制、亜大の岩見投手(四年:熊本工出)に東洋打線は9回二死まで1安打に抑えられていたが、代打・都築(四年・浦和学院出)が四球を得ると、三番・松永隆太(四年・九州学院出)が起死回生の同点ツーベース。続く十九浦…
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対東大戦 於:神宮球場=東洋大学野球部の歴史ーエピソード③

今季から改装されて広くなる神宮球場。今度の日曜からプロ野球のオープン戦も行われるが、20日の中日戦の後は28日の開幕戦までスケジュールは空いてるようだ。昭和五十七年に人工芝に切り替えられた時、東都と六大学の各校は特別練習を行っているので、今回もこの期間を利用して練習するのかもしれない。 神宮球場は昭和四十二年に両翼を100mから昨年ま…
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亜大キラー松沼家=東洋大学野球部の歴史ーエピソード②

昨年秋までに通算33勝を挙げて卒業した大場翔太投手も、松沼雅之投手の39勝には及ばなかった。東都のリーグ記録は芝池(専大)の41勝なので、松沼雅之投手の記録は東洋大学の通算最多勝記録ということになる。 その松沼投手が初勝利を挙げた時の朝日新聞には “東洋、完封で亜大下す―新人松沼が投打に活躍” の見出しとともにこんな記事が。 …
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大場をアシスト?していた桧山の一発=東洋大学野球部の歴史ーエピソード①

今日のスポーツニュースを見ていたら、ホークスに入団した大場投手のキャンプ初の休日の模様が取り上げれていた。宮崎地鶏の炭火焼に挑戦?したとの由。味付けに失敗して塩味を効かせ過ぎてしまったようなのだが、本人の談は「味が濃くておいしかったです」とピッチング同様強気のコメント。昨年春のリーグ戦で、それまで亜大・小池投手の持っていたシーズン奪三振…
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